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札幌地方裁判所 昭和46年(ワ)657号 判決

原告

上富良野町農業協同組合

右代表者

高木信一

右訴訟代理人

藤本昭夫

被告

カネツ商事株式会社

右代表者

清水正紀

右訴訟代理人

阿部一男

外一名

主文

一  被告は原告に対し金七六、一〇四、〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年四月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二本件不法行為に至る経緯(請求原因二)について

山道が昭和二四年ころ原告組合に就職し、同四〇年ころから経理係長、同四三年ころから経理課長の職にあつたことは当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によると、山道は原告組合の貸付係の職にあつた同三六年ころ、妻の退職金三〇万円を資金として、株式投資を行なつたが、翌年になつて株価の値下がりが続いたため損失勘定となつたことと、興和商事の外務員に勧誘されたこともあつて、右三〇万円を回収しようとして、同三七年二月ころ、株券と自己資金一〇万円を委託証拠金として預託し、興和商事と商品取引をするようになつたものの、結局損失を生じたのみであつたため、その後は投機的な取引から離れていたこと、山道は同四〇年六月に経理係長となつてからは、職務上手形、小切手の振出および受入事務に関与するようになり、組合長の職印もその保管責任者である管理部長が不在のときは、これを預けられることもあつたこと、その後興和商事旭川出張所長から勧誘されたことから、従来の損失分を取りもどそうと考えたが、自己資金がなかつたため、右のような職務上の立場を利用して、同四一年六月一六日に原告組合振出名義の小切手一通(額面三〇〇、〇〇〇円)を偽造したのをはじめ、本件取引以前の同四三年四月一日までの間前後一六回にわたつて、同振出名義の小切手一六通(額面合計九五、六〇〇、〇〇〇円)を偽造して興和商事に商品取引の委託証拠金として預託したこと(なお、本件取引後も昭和四三年一〇月二一日と同年一一月二六日の二回にわたり、引き続き原告組合振出名義の小切手二通(額面合計五、二〇〇、〇〇〇円)を偽造して前同様の趣旨で預託し、結局、偽造小切手の額面総額は一〇〇、八〇〇、〇〇〇円となつたこと、また、長谷川の勧誘によつて本件取引後の同年九月七日から同四五年二月二四日までの間前後七回にわたり、丸叶との取引も行なうようになり、その委託証拠金として原告組合振出名義の小切手を偽造して預託したり、原告組合の取引銀行である北海道拓殖銀行および北洋相互銀行の原告組合長名義の預金口座から現金の支払をさせたりして預託し、合計三、三〇〇、〇〇〇円を不正に使用していたこと)が認められる。

三山道の不法行為(請求原因三)について

〈証拠〉を総合すると、長谷川は丸叶を退社後被告会社に就職して間もなく、昭和四三年四月はじめころ、山道に対し、電話で「興和商事でだいぶやられているし、穴をあけたままであろうからひとつ俺とやつて挽回しないか。」「俺とやればとにかく間違いなく取れるから、興和商事でやられた分以上に儲けさせてやる。」「嘘だと思つたらしばらく俺の相場勘を見ていてくれ。相場がどのように動くか俺が見通しを立てるから、ひとつ見てくれんか。」等と言つて、被告会社と商品取引をするよう勧誘し、その後同月一九日長谷川は早速山道を原告組合に訪ね、同組合の会議室において山道名義の契約書を取り交して取引を開始したこと、最初の取引は手亡一枚で、証拠金として自己資金により約二〇、〇〇〇円を預託しわずかながら儲けがあつたこと、同年七月二〇日ころ山道は長谷川から「相場が動くからやれ。」と言われ、同月二二日既に興和商事および丸叶との取引で生じた損失分を取りもどしたいという気持から、東京ゴムの取引の委託証拠金として別紙小切手一覧表(一)1記載の原告組合振出名義の額面一、〇〇〇、〇〇〇円の小切手一通を偽造したうえ、原告組合の当直室で長谷川に直接手交して被告会社に預託したのをはじめ、同四五年二月二七日までの間前後一五回にわたり、自己の商品取引の資金に充てる目的でほしいままに原告組合長印を冒用し、同一覧表(一)の振出旧欄、金額欄、支払人欄記載の各事項を表示した原告組合振出名義の小切手一五通(額面合計一七〇、七〇〇、〇〇〇円)を偽造し、また、同四四年一月二七日および同四五年二月九日ころの二回にわたり、真実は自己の商品取引の資金に充てる目的であるのにこれを秘し、いずれも正規の支払に充てるもののように装つて振替伝票を作成したうえ、同一覧表(二)の振出日欄、金額欄、支払人欄記載の各事項を表示した小切手用紙とともに上司である管理部長新井勝秋に提出してその旨同人を誤信させ、よつて同人をして右小切手用紙に原告組合長印を押捺させて、同一覧表(二)記載の小切手二通(額面合計一九、五六〇、〇〇〇円)を騙取したうえ、以上一七通の小切手をそれぞれ前記の各振出日ころ、自己と被告会社との間の雑穀等商品取引の委託証拠金として、長谷川に対し同一覧表(一)(二)の各交付方法欄記載のとおり直接または郵送して交付し(右一七通の小切手の交付および同一覧表(一)の9、12を除くその余の交付方法の点は当事者間に争いがない。)、その結果原告に対し後記認定の損害を与えたことが認められ、前掲長谷川証人の証言中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、被告は、本件取引の真相は原告組合自身かまたは少なくともその幹部グループが山道を窓口として取引していたものであると主張して、山道個人の取引であることを否認するけれども、本件取引についての契約書が山道個人の名義であつたこと、長谷川の山道に対する勧誘も山道個人に向けられたものと考えられること、山道は従前の興和商事および丸叶との取引で原告組合に与えた損害を取りもどそうという気持から被告会社との取引をするに至つたと認められること等を合わせ考えると、原告組合自身かまたは少なくともその幹部グループの取引であると認めるべき特段の事情の存しない本件においては、本件取引は山道個人の取引であると認めるのが相当である。

四長谷川の不法行為(請求原因四)について

(一)  長谷川が雑穀等商品取引の外務員として興和商事、丸叶等に勤務した後、昭和四三年四月上旬ころから被告会社に雇用されて旭川支店に勤務し、雑穀等商品取引の勧誘・受託、取引委託証拠金の請求・受領等の業務に従事していたこと、同人が同四三年七月二二日ころから同四五年二月二七日ころまでの間、前後一七回にわたり、山道から別紙小切手一覧表(一)(二)記載の小切手合計一七通(額面合計一九〇、二六〇、〇〇〇円)を被告会社と山道との間の雑穀等商品取引の委託証拠金として、同一覧表(一)(二)記載の各振出日ころ受領し、これを同支店長に引き渡したことはいずれも当事者間に争いがない。

(二)  ところで、右小切手一七通は山道が不正に取得したものであることは前記認定のとおりであるところ、原告は、長谷川は右小切手一七通が不正に取得されたものであることを知りながら、または重大な過失によりこれを知らずに受領し、その結果原告組合に対し請求原因六記載の損害を与えたのであるから、長谷川の右所為は民法七〇九条の不法行為に当たり、山道の前記不法行為と共同不法行為の関係に立つと主張するので、以下この点について判断する。

そもそも小切手は高度の流通性を有する無因証券たる有価証券であるから、小切手の所持人はみずから実質関係の存在ないしは内容を証明することなく、当然小切手上の権利を行使しうるのであるが、右の効力は結局小切手の流通性を高め、取引の迅速性、安全性を高めようとの趣旨から認められた制度であるというべきである。したがって、小切手の交付を受けようとする者は実質関係について特に顧慮することなくその交付を受けることができるわけである。しかし、右の法理は、小切手の交付を受けた者が、当該小切手による支払を拒絶されないことを意味するに止まり、それ以上の効力を有するものではない。けだし、小切手の交付を受けた者の保護は右の限度で足り、小切手の流通性もその限度で保護すれば十分だからである。

そして、小切手の振出人は、小切手が支払人に呈示されて支払がなされることにより、支払人のもとに有する資金が減少して経済的損失を被るのが通常であるから、当該小切手の交付を受ける者が、その小切手が偽造されたものであるとか、あるいは財産罪によつて不法に領得されたものであるとか、ともかくいずれにしても不正に取得されたものであることを知悉しながら交付を受けて、しかる後これを支払人に呈示して支払を受けることにより、被偽造者または財産罪の被害者にそれによる損害を帰せしめたときは民法七〇九条の不法行為責任を負うべきものである。なぜならば、当該小切手が詐欺、横領、窃盗等の財産罪によつて不法に領得されたものであるときは、その小切手はいわゆる賍物であつて、情を知りながらこれを取得することは刑罰をもつて禁止された行為であつて(刑法二五六条)違法性があるというべきであるし、また、偽造された小切手についても、被偽造者の被る損害は不法に領得された場合と何ら異なるところはないのであつて、右の事情を知悉しながらこれを取得することは信義則上許されざるものというべきであり、法秩序に違反するものというべきであるからである。右の理は、偽造または不法に領得された小切手であることを知悉していた場合のみでなく、通常人に要求される程度の相当な注意をしなくとも、わずかの注意をすれば、不正な手段によつて取得した小切手であることを知り得たのに、そのような注意を怠つてただ漫然とその交付を受けた場合、すなわち、故意と同視し得る程度の重大な過失があり、右の過失によつて偽造または不法に領得された小切手であることを知らずにその交付を受けた場合にも妥当する。けだし、そのような行為も結果的には、右の小切手を偽造し、あるいは不法に領得する犯罪行為に加担し、さらにはこれを助長する行為と目すべきものであつて、全体としての法秩序に違反する違法な権利侵害行為であることは故意ある場合と何ら異なるところがないからである。

(三)  これを本件についてみるに、〈証拠〉をもつては、長谷川が山道から本件各小切手の交付を受ける際に、別紙小切手一覧表(一)記載の小切手一五通がいずれも山道によつて偽造されたものであること、および同一覧表(二)記載の小切手二通がいずれも山道に騙取されたものであることを知つていたと認めるには足りず、他にこれを知つていたと認定するに足りる証拠はない。

しかし、前掲山道証人の証言(第一回)によると、長谷川は興和商事から丸叶に移つた後の昭和四二年夏ころ、山道に対して「同人のことを良く知つている、相当大きく取引していたし、またやられた状況も知つている」旨の電話をしたことが認められ、右事実に、前認定の長谷川が興和商事に勤務していたことがあったことおよび同人が被告会社に就職して間もない同四三年四月はじめころ、山道に対し電話で「興和商事でだいぶやられているし、穴をあけたままであろうからひとつ俺とやつて挽回しないか。」等といつて商品取引を勧誘したとの事実を合わせ考えると、長谷川は被告会社の外務員として山道を勧誘する際すでに同人が興和商事との間で商品取引をしていたこと、および相当大量の取引をして大きな損失勘定になつていたことを知つていたものと解するのが相当である。そして、右のことから長谷川の山道に対する勧誘はかなり執拗であつたことが窺えるのみならず、前認定の事実に長谷川証人の証言を合わせ考えると、長谷川は山道が興和商事との取引で相当大きな損失を出したことを知つていたのであるから、農業協同組合の一職員で同四三年四月一九日の最初の取引が約二〇、〇〇〇円位で、しかも同年七月までの三か月間にわずか二〇〇、〇〇〇円程度の取引しかしていない山道が、突然一回でその五倍に相当する一、〇〇〇、〇〇〇円を、しかも五九七、二〇〇円の請求に対してそれを相当上回る額の出損を容易になし得るはずはないと考えるのが道理というべきであつて、しかも、山道において特に資産家であると思わせるような特段の事情も存しなかつたのであるから、正当な取引ではないのではないかと疑い得る不自然さが存し、右小切手が不正な手段によつて取得されたものではないかとの疑いを容れるべき相当顕著な徴憑があり、何人にも容易にこれを窺い知ることのできる状況であつたと解されるから、長谷川としては山道に対し、右小切手が不正に取得されたものではないか等を問いただし、あるいは原告に対し問い合わせる等して、振出名義人たる原告組合に対して損害を与える結果となることを未然に防止すべき注意義務があつたものというべきである。しかるに、長谷川は右の単純ともいえる確認行動を怠り右の注意義務を尽さなかつたのであつて、右注意義務違反は極めて重大といわざるをえない。

のみならず、前認定のとおり、長谷川はその後も取引を継続して別紙一覧表(一)記載の2ないし15および同一覧表(二)記載の各小切手を山道から直接または郵送のうえ交付を受け、殊に、右小切手はその額面金額が多いときで三〇、〇〇〇、〇〇〇円、少ないときでも三、〇〇〇、〇〇〇円と非常に高額であつて、山道個人の出損し得る金額とは到底考えられないし、前認定の事情も依然として存在したのであるから、長谷川としては右説示により最初に小切手を受領したときと同様の注意義務があつたものというべきところ、同人において前記のような注意義務を尽したことはなかつたのであつて、その注意義務違反の程度は非常に高いといわなければならない。以上説示のとおり、長谷川は同一覧表(一)記載の小切手一五通が偽造されたものであり、同一覧表(二)記載の小切手二通が騙取されたものであることを知らずにこれを受領したことについて重大な過失があつたものというべきである。

(四)  被告は縷々事情を掲げて、被告は本件取引が原告組合自身か、少なくともその幹部グループの取引であると信じていたものであるから、被告に過失はないと主張するところ、本訴において主張される被告の責任原因は民法七一五条の使用者責任であるから、直接の行為者ではない被告の無過失を主張することは、そのこと自体失当というべきであるが、被告の右主張は長谷川の無過失を主張する趣旨と解されないでもないから、一応この点について検討する。

まず、〈証拠〉によると、道内において穀物等の商品取引をしている農業協同組合が存在し、被告会社も現に西網走、南網走および北見市の各農業協同組合と取引をしていたことが認められはするが、右事実から直ちに本件取引が被告会社と原告組合または原告組合の幹部グループとの間の取引と信ずる理由となし得ないのみならず、長谷川の前説示の注意義務を否定ないしは軽減すべき理由となるものともいえず、また、前掲山口、長谷川各証人の証言によると、昭和四五年一月当時時事通信のテレフアツクスのテープに北海道トムソン現わるとの記事が出たことが窺えるが、これを超えてその建玉が山道の建玉と同一のものであるとまで認めるに足りるものはない。次に、〈証拠〉によると、昭和四四年一月下旬ころ、長谷川が山道に対し、「農協の幹部の方にあいさつに行きたいから都合をきいてくれ。」と申し入れたところ、山道は「組合長が現在、年度末の決算で忙しいので都合をきいて後で連絡する。」と答えた旨、山道が同四五年一月一六日ころ北海道手亡の一月限を一〇〇枚買い建てしたところ、長谷川は危険であるから止めるよう忠告したが、山道は「原告が現物を引き受けてもよい。」と答えた旨、また、〈証拠〉によると、全国穀物取引所連合会事務主事であつた稲川清は同四一年九月五日原告組合長石川清一と面談した際、右石川が同人に対し「課長名等個人名で(商品取引を)やつている。」と発言した旨の各供述が存するが、右はそれぞれ前掲山道証人(第二回)および証人石川清一の各証言のほか、前認定の本件取引が山道個人の取引であつて、原告組合とは何ら関係のない取引であつたこと、ならびに山道が被告会社と取引をするに至る経緯およびその際長谷川が果した役割等に照らし、とうてい措信し難いところである。さらに、〈証拠〉によると、山道が同四四年一月九日から同月二七日までの間に期近物の売玉を一六六枚建てたことは認められるが、そのころ山道が現物を売り渡す意向があるとほのめかしたことを認めうる証拠はなく、また、山道が本件取引に関し預託した委託証拠金が中途から急に多額となつたことは被告主張のとおりではあるが、これはむしろ前認定の如く長谷川の過失を認定する根拠にこそなれ、とうていこれを否定ないしは軽減する根拠とはなし難いものといわざるをえない。

以上説示のとおり、被告が縷々主張する事情は結局根拠のないものであるか、たとえ事実であつたとしても、これをもつて、本件取引が原告組合自身の取引であるとか、または少なくともその幹部グループの取引であると信ずべき事情となるものではないことは明白というべく、このことは、証人梶原清の証言によると、本件取引当時山道の建玉について、商品取引員の外務員ないしは業界においては、むしろ「一個人が建てた玉」とみていたことが認められる事実に徴しても、被告の右主張は推測の域を出ないものというべきであつて、これを採用することはできない。

したがって、長谷川の前記各所為は民法七〇九条の不法行為に該当し、山道の不法行為とともに共同不法行為となるものである。

五責任原因(請求原因五)について

被告会社が長谷川を雇用し、雑穀等商品取引の勧誘・受託、取引委託証拠金の請求・受領等の業務に従事させていたことは当事者間に争いがなく、同人が被告会社の事業の執行につき原告に損害を加えたことは前説示により明らかであるというべきであるから、被告会社は民法七一五条により原告組合に対し長谷川の不法行為によつて被つた後記損害を賠償すべき義務がある。

六損害(請求原因六)について

請求原因六の事実は当事者間に争いがないから、原告組合は山道および長谷川の共同不法行為により一九〇、二六〇、〇〇〇円の損害を被つたというべきである。

七被告の仮定抗弁について

(一)  仮定抗弁一は要するに、本件損害の発生および損害額の増加について過失ある被害者は不法行為者に対して損害の賠償を請求することはできないというに帰するところ、不法行為によつて損害を被つた被害者はその過失の有無にかかわりなく、不法行為者に対して損害の賠償を請求しうるのは当然であつて、ただ、その額の算定について過失が斟酌されるに止まるものであるから、被告の右主張は失当というべきである。

(二)  仮定抗弁二の事実のうち、原告組合が被告会社から昭和四四年一二月二七日三、〇七七、二九五円、同四五年五月七日一、七九九、一〇〇円合計四、八七六、三九五円の弁済を受けたことは当事者間に争いがない。そして、成立に争いがない甲第二二号証によると、被告会社が山道に対して同四四年八月二一日一、五〇〇、〇〇〇円、同四五年四月二〇日三〇〇、〇〇〇円合計一、八〇〇、〇〇〇円に返戻したことは認められるものの山道がこれを原告組合に引き渡したことを肯認するに足りる証拠はないから、右一、八〇〇、〇〇〇円については原告組合に対する弁済の効果が生じているとはいえない。したがつて、被告の仮定抗弁二は右四、八七六、三九五円の限度で理由があるから、これを前記損害額から控除すべきである。

(三)  (過失相殺)

〈証拠〉によると、原告組合の機構は、管理部その他の五部一支所に分かれ、管理部には経理課と管理課があり、出納係は管理課に属していること、代表者である組合長の職印は正印と副印とがあり、小切手の振出等に使用するのは正印であつて、保管責任者は管理部長で、勤務時間外は金庫に保管され、右金庫の鍵は管理部長の新井勝秋と経理課長の山道が各一個ずつ保管していたこと、勤務時間中は組合長が、組合長が不在のときは席次に従い、専務理事、参事、管理部長が管理していたこと、右全員が不在のときまたは席をはずしているときは事実上経理課長に管理させていたこともあつたこと、経理課長の職務権限は経理事務一切の立案等であつて、小切手は管理部長以上の上司の決裁を得なければ振り出すことはできず、通常これを振り出す場合は、振替伝票を起して摘要、金額勘定科目等の所定事項を記入して出納係に渡し、出納係が右伝票にもとづいてその保管にかかる小切手用紙に必要事項を記入したうえ、管理部長以上の上司の決裁に回し、組合長か管理部長が組合長の職印を押捺する仕組みになつていたこと、管理部長以上の上司が不在のときで、急を要し小切手を振り出す必要がある場合でも、振替伝票を作成して事後決裁を受けなければならないこと、経理課長は出納係に命じて小切手を作成させたり、みずから組合長の職印を押捺して小切手を振り出すことはできないことになつていたことが認められる。しかるに、前記認定の事実ならびに〈証拠〉によると、山道は、管理部長以上の上司が不在で組合長の職印を預けられたのを奇貨として、出納係加瀬谷昌子および石川紀子に口頭で指示をして、小切手用紙に所要事項を記入させ、ゴム印で組合長名を記名させたうえ、みずからこれに右職印を押捺して別紙小切手一覧表(一)記載の小切手一五通を偽造したものであり、また、振替伝票に虚偽の事実を記載して出納係(石川紀子)に回して前同様に小切手用紙に所要事項を記入させ、組合長名を記名させたうえ、右虚偽の事実を記載した振替伝票とともに新井管理部長に回させ、情を知らない同部長をして組合長の職印を押捺させて同一覧表(二)記載の小切手二通を騙取したものであることが認められ、右の各認定に反する証拠は存しない。

右認定の事実によれば、原告組合においては相当厳格な服務に関する規則があつたのに、本件においてはこれに反して小切手が振り出されたものであり、しかも、前認定のとおり本件取引以前にも山道が前同様の方法で小切手一六通(額面合計九五、六〇〇、〇〇〇円)を偽造していたのであるから、もし原告組合が日ごろから職員の綱紀に気を配り、指導監督を厳にし、特に出納係に対しては経理課長の職務権限等について教示し、これを周知徹底させていたならば本件の不正は未然に防止し得たはずであるし、また、前掲新井証人の証言によると、原告組合においては定期監査を年四回実施していたことが認められるから、山道が本件取引以前にはじめて小切手を偽造し始めた昭和四一年六月一六日から本件取引上小切手を偽造し始めた同四三年七月二二日までの間、少なくとも同四一年に二回、同四二年に四回、同四三年に二回の合計八回の定期監査を行なつていたものと認められるから、もしその監査を適正に行なつていたならば山道の不正をたやすく発見し得たはずであるから、いずれにしても本件損害の発生は未然に防止し得たというべきであるし、さらに、本件不法行為が行なわれている間にも引き続き定期監査は行なわれていたと認められるから、もし適正な監査を行なつていたならば、損害額の増加を未然に防止し得たはずであつて、原告組合はこれを怠つた過失があつたというべきである。前掲甲第一八号証、山道証人の証言(第一、二回)によると、山道において本件不正が発覚しないよう種々巧妙な工作をしたことが認められはするけれども、右の事実を考慮に容れてもなお右の過失を否定し得ず、まして、以上の一連の不正発覚の端緒が外部からの通報によるものであることの窺える本件においては、その過失はまことに重大というべきであつて、原告組合の失態は厳しく責められなければならない。

そして、原告組合の右の過失を本件の全事情に照らして斟酌すると、原告組合の被つた損害の六割については、被告会社の責任を減殺するのが相当である。

八結論

以上の次第であつて、被告は原告に対し前記損害金一九〇、二六〇、〇〇〇円から前記弁済金四、八七六、三九五円を控除した残額一八五、三八三、六〇五円の四割に相当する金七六、一〇四、〇〇〇円およびこれに対する本件不法行為の後であることが明らかな昭和四五年四月一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告の本訴請求を右の限度で認容し、その余の部分は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(白石嘉孝 大田黒昔生 渡邊等)

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